第2話 中空ゴルフクラブヘッド事件のあらまし -PRGR特許の内容-

(3)PRGR特許の内容

 

(a)発明が解決しようとする課題
 先のブリヂストン公報に見られるように、ゴルフクラブヘッドのクラウン部に樹脂素材を取り付けるようにしたコンポジット・ドライバーは、PRGR特許の出願時には既に公知であった。

 ではPRGR特許の技術的課題は何だったのだろうか?

 図1(PRGR特許の図1)を再度参照されたい。コンポジット・ドライバーは、金属製の外殻部材(11)と繊維強化プラスチック製の外殻部材(21)とを接合して中空構造のヘッド本体を構成している。
 ところが当時の技術では、金属と繊維強化プラスチックとの接合強度を十分に得ることができず、ゴルフクラブヘッドとしての耐久性を確保することが困難だったようだ。
 PRGR特許はこの点に着目し、「金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高めることを可能に」することを課題としている(PRGR特許の段落【0003】~【0004】参照)。

 

(b)発明の構成
 PRGR特許は、四つの請求項からなる。
 そのうち請求項1、つまりメインクレームは次の通り定義している。

(a)金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材とを接合して中空構造のヘッド本体を構成した中空ゴルフクラブヘッドであって、
(b)前記金属製の外殻部材の接合部に前記繊維強化プラスチック製の外殻部材の接合部を接着すると共に、
(c)前記金属製の外殻部材の接合部に貫通穴を設け、
(d)該貫通穴を介して繊維強化プラスチック製の縫合材を前記金属製外殻部材の前記繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側とその反対面側とに通して前記繊維強化プラスチック製の外殻部材と前記金属製の外殻部材とを結合した
(e)ことを特徴とする中空ゴルフクラブヘッド。

 

 これらの構成要件中、ヨネックスの製品群が上記(a)(b)(c)(e)を具備することについては、当事者の間で争いがない。
 問題になったのは(d)の構成要件だ。

 

 図3は、構成要件(d)の内容を端的に示すPRGR特許の図2であり、同図(a)は平面図、同図(b)は断面図であると説明されている。
 図3中、
 11:金属製外殻部材
 13:貫通穴
 21:繊維強化プラスチック製外殻部材
 22:縫合材
である。

 図1(PRGR特許の図1)を再度参照されたい。
 PRGR特許において、クラブヘッドの基本的な形状は、符号(11)で示される金属製外殻部材によって専ら形作られている。この金属製外殻部材(11)の上部はクラウン部となっており、このクラウン部には大きな孔が開けられている。そしてこの孔を塞ぐように、符号(21)で示される繊維強化プラスチック製外殻部材が固定されている。
 では繊維強化プラスチック製外殻部材(21)をどうやって金属製外殻部材(11)に固定するのだろうか?
 その答えが図3に示す繊維強化プラスチック製の縫合材(22)、つまり上記(d)の構成要件だ。
 符号を付して(d)の構成要件を分節すると、次のようになる。

(d1)(前記金属製の外殻部材の接合部に設けた)該貫通穴(13)を介して
(d2)繊維強化プラスチック製の縫合材(22)を前記金属製外殻部材(11)の前記繊維強化プラスチック製外殻部材(21)との接着界面側とその反対面側とに通して
(d3)前記繊維強化プラスチック製の外殻部材(21)と前記金属製の外殻部材(11)とを結合した

 

(ⅰ)PRGR特許の欠落(その一)
 構成要件(d)によれば、縫合材(22)は、貫通穴(13)を介して、金属製外殻部材(11)の繊維強化プラスチック製外殻部材(21)との接着界面側とその反対面側とに通され(上記d1及びd2)、繊維強化プラスチック製の外殻部材(21)と金属製の外殻部材(11)とを結合している(上記d3)。
 ここで一つ気がつかないだろうか?
 構成要件(d2)の「前記金属製外殻部材(11)の前記繊維強化プラスチック製外殻部材(21)との接着界面側とその反対面側」というのは、要するに金属製の外殻部材(11)の表裏面のことである。だから(d1)及び(d2)が定義するように、貫通穴(13)を介して縫合材(22)を外殻部材(11)の表裏面に通すところまでは納得できる。
 だが構成要件(d3)が定義するように、それによって繊維強化プラスチック製の外殻部材(21)と金属製の外殻部材(11)とを結合することができるのは、いったい何故なのだろうか?
 その答えは、どうやら構成要件(d)が明示していないもう一つの構成があるから、ということになりそうだ。もう一つの構成――それは繊維強化プラスチック製の外殻部材(21)と縫合材(22)とが接着されている、という構成である。
 ではPRGR特許において、どうして外殻部材(21)と縫合材(22)とが接着されていると言い得るのだろうか?
 その鍵を握っているのは構成要件(b)だ。
 構成要件(b)は、「前記金属製の外殻部材の接合部に前記繊維強化プラスチック製の外殻部材の接合部を接着する」と定義している。ところが図3を見れば明らかなように、金属製の外殻部材(11)と繊維強化プラスチック製の外殻部材(21)とを接着してしまったら、後から貫通穴(13)に縫合材(22)を通すことはできない。だとするとこの接着は、縫合材(22)を金属製の外殻部材(11)の表裏面に通した後に実施されるものと解さざるを得ないのである。
 そう解釈すると、縫合材(22)は金属製の外殻部材(11)と共に繊維強化プラスチック製の外殻部材(21)に接着されることになる。縫合材(22)はもとより繊維強化プラスチック製なので、同じ繊維強化プラスチック製の外殻部材(21)との間では、良好な接着性が得られる。PRGR特許の明細書もその段落【0011】において、「外殻部材21と縫合材22はプラスチック同士であって相互接着性が良好である」と述べている。
 以上見てきたように、PRGR特許は、繊維強化プラスチック製の外殻部材(21)と縫合材(22)とが接着されているという隠された構成を備え、これによって繊維強化プラスチック製の外殻部材(21)と金属製の外殻部材(11)との結合を実現しているわけである。

 

(ⅱ)PRGR特許の欠落(その二)
 実はPRGR特許には、もう一つ欠落がある。
 構成要件(d)は、「該貫通穴(13)を介して(上記d1)」「繊維強化プラスチック製の縫合材(22)を前記金属製外殻部材(11)の前記繊維強化プラスチック製外殻部材(21)との接着界面側とその反対面側とに通して(上記d2)」いる。
 そして解釈上導かれる構成として、金属製の外殻部材(11)の表裏面に通された縫合材(22)を繊維強化プラスチック製の外殻部材(21)に接着している。この構成を、仮に(dx)としよう。
 そうすると、もう一つ重要なことに気がつかないだろうか?
 そう、(d1)(d2)(dx)の構成があったとしても、必ずしも「前記繊維強化プラスチック製の外殻部材(21)と前記金属製の外殻部材(11)とを結合(d3)」することはできないのである。
 例えば上記(d1)(d2)(dx)の構成上、上記(d2)にいう「前記金属製外殻部材(11)の前記繊維強化プラスチック製外殻部材(21)との接着界面側」の「反対面側」において、縫合材(22)は一本につながっていることまでは要求されない。縫合材(22)は途中で切れていてもよいはずである。
 ところがこの場合、縫合材(22)は金属製の外殻部材(11)に対して、何ら構造的な保持強度を与えなくなってしまう。
 ということは、貫通穴(13)は少なくとも二個以上設けられ、縫合材(22)は貫通穴(13)に少なくとも二度通され、金属製の外殻部材(11)における繊維強化プラスチック製の外殻部材(21)の接着面界面側と反対面側においてつながった形態を維持していなければならないことになる。説明の便宜行、この構成を(dy)と呼ぶ。
 したがってPRGR特許では、明示された(d1)(d2)に加えて、明示されていない(dx)(dy)という隠された構成を備え、これによって始めて(d3)を実現することができるわけである。
 ところでPRGR特許に欠落しているこの(dy)という隠された構成であるが、実は極めて大きな意味合いを持っている。
 地裁判決でも高裁判決でも、この(dy)という構成の解釈が、均等侵害の成否の判断に大きな影響を及ぼしたからである。

 

(c)発明の効果
 PRGR特許は、「金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高めることができる。従って、ゴルフクラブヘッドとしての耐久性を確保しながら、異種素材の組み合わせに基づいて飛びを含むゴルフクラブ性能を向上することが可能になる」、と発明の効果を主張している(段落【0019】)。