先に述べたように、本稿執筆のきっかけは、弁理士会が主催する「中空ゴルフクラブヘッド事件を通して、弁理士の特許実務を考える」と題された講習会である。この講習会は、事件そのものの分析を意図したものではなく、中空ゴルフクラブヘッド事件では出願、審査、権利活用の各段階において特許実務上の課題を見出すことができるという認識のもと、それらの課題をヒントに一連の流れの中で特許実務を今一度見直してみよう、というものであった。
時間上の制約もあり、特許実務の見直しについては十分な議論が尽されたわけではなかったが、大きな論点となったのは、発明の把握についてである。
以下、この発明の把握を初めとして、いま改めて思うことを書き連ねていく。
(1)PRGR特許の発明の本質
発明の本質、という言い方は些か抽象的に過ぎるかもしれない。
発明の要旨、本旨、原理などと言い直しても、なお抽象的に感じる。
だがすべての発明にはその発明を成り立たせている「何か」があるのも確かなことで、これを端的に言い表そうとすると、発明の本質、要旨、本旨、原理など、どうしても情緒的な言い回しになってしまう。どうせ情緒的であるならば、発明の勘所と言えば通りがいいかもしれない。
ところでこの発明の本質であるが、特許庁審査官の審査をパスして成立した特許ではあっても、必ずしも特許明細書に明確に表現されているとは限らない。
「それで?」
「この発明は一体なんなの?」
特許明細書を読み終わり、そんな読後感を持ったことはないだろうか。
そんなときは大抵、明細書中で発明の本質が十分に語りつくされていない場合が多い。
話はPRGR特許である。
実はこのPRGR特許も、明細書の字面の奥底に、発明の本質を後生大事に仕舞い込んでいるような按配なのだ。
そこでPRGR特許において、その発明の本質は一体全体何なのかということについて、少し考えてみよう。
この特許が前提としているのは、金属製の外殻部材(以下「金属ヘッド部材」と呼ぶ)と繊維強化プラスチック製の外殻部材(以下「樹脂ヘッド部材」と呼ぶ)とを接合して構成される中空構造のゴルフクラブヘッドである。
このようなゴルフクラブヘッドにおいて、金属ヘッド部材と樹脂ヘッド部材とをいかにしたら強固に固定することができるのか? これがPRGR特許の着想の原点、つまり発明が解決しようとする課題である(PRGR特許の段落【0003】~【0004】参照)。
この課題を解決するために発明者が着目したのは、金属と樹脂とは接着しただけでは十分な結合強度を確保することができないのに対して、樹脂材料(繊維強化プラスチック)同士であれば接着のみによっても十分な結合強度を確保することができる、という技術的な了解だ。
果たしてこれが技術的常識なのか、周知・公知技術なのか、はたまた実験によって突き止められたことなのか、筆者の知るところではない。PRGR特許の明細書は「外殻部材21と縫合材22はプラスチック同士であって相互接着性が良好であるため図示のように互いに密着するだけでよい」と述べるに留まり(段落【0011】参照)、その余のことについては沈黙を守り通しているからである。
兎にも角にもPRGR特許は、このような技術的な了解を基礎として、金属ヘッド部材に繊維強化プラスチック製の縫合材を構造的に連結し、この縫合材を樹脂ヘッド部材に接着する、という構成を採用している。
つまり互いに高い接着力を期待できない金属材料(金属ヘッド部材)と樹脂材料(縫合材)との固定については構造的な連結を頼りとし、互いに高い接着力を確保することができる樹脂材料同士(縫合材と樹脂ヘッド部材)は接着剤による接着のみによって固定する、――これがPRGR特許の本質である。
ところがPRGR特許の明細書は、このような発明の本質を白昼の下に晒していないことはもとよりのこと、共に繊維強化プラスチック製である樹脂ヘッド部材と縫合材とを接着によって固定することすら明示していないのだ。
だからPRGR特許において、樹脂ヘッド部材と縫合材とを接着固定することは、
「2.中空ゴルフクラブヘッド事件のあらまし
(3)PRGR特許の内容
(b)発明の構成
(ⅰ)PRGR特許の欠落(その一)」
で述べたとおり、解釈によって導き出すほかないのである。
(2)発明の把握
発明とは何か?
わが国特許法は、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう」と定義している(特許法第2条第1項)。
発明は思想、つまり抽象的な観念であるが故に、概念的な広がりを持つ。
だから発明を正しく把握するためには発明の本質論、つまり発明の本質は何なのかの議論が重要になるのである。
ところでPRGR特許の発明の本質は、より抽象度を高めて言うならば、接着強度を期待することができない異種材料同士は構造的に連結させ、接着強度を確保することができる同種材料同士は接着によって固定する、ということであった。
とするならば、金属ヘッド部材(金属製の外殻部材)と縫合材との構造的な連結態様、そして用いることができる縫合材の材料について、概念化が可能である。
(a)金属ヘッド部材と縫合材との構造的な連結態様
PRGR特許の請求項1中、上記構成要件(d)の内容である。
要請要件(d)は、前述したとおり、
(d1)(前記金属製の外殻部材の接合部に設けた)該貫通穴(13)を介して
(d2)繊維強化プラスチック製の縫合材(22)を前記金属製外殻部材(11)の前記繊維強化プラスチック製外殻部材(21)との接着界面側とその反対面側とに通して
(d3)前記繊維強化プラスチック製の外殻部材(21)と前記金属製の外殻部材(11)とを結合した
と定義されている。
端的に言うと、金属製の外殻部材(11)に開けた貫通穴(13)を介して、その金属製の外側部材(11)の表裏面に縫合材(13)を通し、これによって繊維強化プラスチック製の外殻部材(21)と金属製の外殻部材(11)とを結合するのだ、と定義しているわけである。
だからこそ中空ゴルフクラブヘッド事件の高裁判決では、縫合材(13)は少なくとも二度貫通穴(13)を通されていると解釈されているのだ。
どうだろう?
発明の本質論から言うと、金属ヘッド部材(金属製の外殻部材)と縫合材とは構造的に連結されていればよいはずである。そう考えると、構成要件(d)に限らず、それ以外の連結態様も様々考えられるのではないだろうか?
事実、中空ゴルフクラブヘッド事件は、金属ヘッド部材と縫合材との連結構造に関して、ヨネックスの製品群は両者を構造的に連結しているにもかかわらず、異なる構造を備えていたのである。
もちろん結果を見た後から物を言うことはたやすい。いわゆる後知恵だ。
しかしながら――発明の本質は何か?――これを少しでも考えていたならば、PRGR特許における構成要件(d)は異なる様相を呈していただろうことは想像に難くないし、発明概念の拡張まで欲張らないまでも、特許請求の範囲や明細書の書き振りがより明確なものになっていたことは間違いなかろう。
(b)縫合材の材料
PRGR特許において、縫合材は「繊維強化プラスチック製の縫合材」と定義されている。
発明の本質論からすると、縫合材に求められる属性は二つある。
一つは、縫合材それ自体が、ゴルフクラブヘッドとしての耐久性を確保できるだけの強度を備えていること、
もう一つは、繊維強化プラスチック製の外殻部材との間で、ゴルフクラブヘッドとしての耐久性を確保できるだけの接着強度を維持できること、
の二つである。
これらの二つの属性を満たすならば、「繊維強化プラスチック製」ではない縫合材の採用も、あながち見当外れとは言えなくなるだろう。