第4話 エピローグ

 以上、中空ゴルフクラブヘッド事件を題材として、発明の把握の仕方について検討した。

 

 あくまで印象ではあるが、PRGR特許の発明者は、金属製の外殻部材に繊維強化プラスチック製の縫合材を連結するに際して、縫合材を縫うようにして金属製の外殻部材に連結することを意図したのではないだろか? 「縫合材」という名称からもそのことが伺われる。
 だが同時に、発明者の頭の中には、繊維強化プラスチック製の外殻部材に対しては、同じ繊維強化プラスチック製の縫合材であれば、接着という手法のみによって強固な固定ができるはずだ、という意識があったものと思われる。
 ところがどうしたものか、特許明細書からはこの観点がごっそり抜け落ちているのである。
 想像するに、発明者は、金属製の外殻部材を繊維強化プラスチック製の縫合材で縫うという点に創作の妙を感じていたのではないだろうか。これが原因で、繊維強化プラスチック製部材同士は強固な接着が可能であるという当たり前の大前提が意識からは抜け落ちてしまったものと思われる。
 だからなのだろう、PRGR特許の明細書からは、接着強度を期待することができない異種材料同士は構造的に連結させ、接着強度を確保することができる同種材料同士は接着によって固定する、という技術的思想が見えてこない。

 

 だが発明の創作段階のみならず、
・発明届出書を知的財産部で検討した際
・弁理士に特許出願を依頼した際
・弁理士が発明届出書を閲読して発明内容を把握した際
・発明者と知的財産部と弁理士との三者面談を行った際
・弁理士が出願原稿案を作成する際
・弁理士が作成した出願原稿案を知的財産部で検討した際
などの各段階で、発明の本質は何なのだろうかということをいま一度掘り下げて考えていたとしたら、果たしてPRGR特許はどのような変貌を遂げていたことであろうか?


 結果論であり、後知恵でしかないかもしれないが、発明が創作されてから特許出願されるまでの間に、発明の本質について思いを馳せることができる機会はことのほか多い。
 そのような機会を上手く利用し、もしも発明の本質についていま一歩踏み込んだ思索がなされていたならば、繊維強化プラスチック製部材同士は強固な接着が可能であるということが明記されていただろうし、上記構成要件(d)も、より広い概念で定義されていたに違いないと思うのである。


 だが過去は過去である。
 大切なのは未来だ。
 中空ゴルフクラブヘッド事件は、様々な機会を捕らえて発明の本質論を考え戦わせることの重要性という、至極当然でありながらも、ともすれば疎かになりがちな教訓を残してくれたのではないだろうか。
 この教訓を今後の実務に生かしていくことこそが、特許にかかわるすべての者に求められているような気がしてならない。

 

(了)

 

平成27年10月
弁理士 柏木慎史