第1回 太陽の罠の定義 -特許をどう読み解くか-

 第1話 プロローグ

 ときたま面白いテレビドラマにいきあたることがある。

 平成25年11月から12月にかけてNHKが放映した「太陽の罠」もその一つだ。全四回完結のドラマで、毎回待ちわびるように視聴した。

 

 舞台は名古屋に本社を置く大手家電メーカー、メイオウ電気の開発部。

 そこに米国のゼスター・リサーチ社から警告状が届く。メイオウ電気が社運をかけて開発した太陽光パネルの技術がゼスター・リサーチの特許権を侵害しているというのだ。莫大な金額の賠償金とライセンス料を要求するゼスター・リサーチ。だがその実態はパテントトロール、つまり特許マフィアだった。

 ここまではいかにも起こり得そうなことではある。

 それが――ゼスター・リサーチの陰に見え隠れする日本人男性の存在によって、話はがぜん面白くなってくる。裏で筋書きを描く謎の男、澤田(塚本高史)だ。

 

 このドラマでは、メイオウ電気で太陽光パネルの開発に関わり、後に知的財産部に飛ばされる長谷川(西島隆弘)という青年が主人公になっている。

 女性に初心で人付き合いが苦手な技術オタクの長谷川は、太陽光発電で "As time goes by" のメロディーを奏でる電子オルゴールを手作りする。お馴染みのメロディーを聴きながら社屋裏の公園で一人ランチを食べていると、やってきた年上の美しい女性がオルゴールにコーヒーをこぼしてしまう。

 葵(伊藤歩)だ。

 これをきっかけに二人は知り合い、あっという間に親密になり結婚する。健気に尽くす葵。幸せの絶頂、有頂天である。
 ところが――葵には過去が……。

 あろうことかメイオウ電気の天敵、澤田と結婚を約束した仲だったのだ。その葵は、メイオウ電気の太陽光パネルに関する技術情報を長谷川のパソコンから盗み出し、ゼスター・リサーチに渡してしまう。メイオウ電気を陥れようとする澤田と葵。二人は一体何者なのか……?

 

 ドラマはゼスター・リサーチとの間の訴訟対策に奔走するメイオウ電気開発部の中間管理職、濱(尾美としのり)が上司の村岡(伊武雅刀)を殺害してしまうところから急ピッチで展開し始める。
 ――九死に一生を得たものの意識が戻らない村岡。村岡殺人未遂の犯人にされてしまう長谷川。次々と暴かれる澤田と葵の過去。そして長谷川のもとを離れたかにみえた葵だったが、心は二人の男の間で揺れ動く……。

 息もつかせぬスリリングな展開が続き、ドラマはクライマックスへ。

 そして衝撃の結末――。

 長谷川をしんちゃんと呼ぶ葵の「しんちゃんは私の太陽だから」という言葉がいつまでも心に残る。

 

 これだけ面白い話である。原作は誰なのだろうかと想像が頭を駆け巡った。あの作家、この作家と何人かの顔が浮かんでは消える。

 ところが原作はなく、大島里美さんという脚本家が創作した作品らしい。

 大掛かりな舞台設定の中でものの見事に素敵なドラマを仕立て上げた力量、脱帽した。

 

 この「太陽の罠」にしてもそうだが、最近、特許を題材とした小説やドラマの露出が増え始めてきたような気がする。

 

 ドラマというと去年は半沢直樹が話題になったが、その原作者の池井戸潤氏は「下町ロケット」という作品で平成23年(2011年)に直木賞を受賞している。大手企業から特許権侵害を追求される下町工場の奮闘を描いたさわやかな作品だ。

 この作品でも特許権侵害がモチーフとして使われ、地道に研究開発を進めてきた町工場、佃製作所に対して、大企業から理不尽とも思える権利行使がなされる。

 特許マフィアというわけではないのだが、中小企業には馴染みの薄い特許権侵害の警告である。しかも相手は到底太刀打ちできない大企業……。権利行使される側に立てば、特許マフィアと同質の恐怖感を覚えることであろう。

 

 特許マフィアについは、そのものずばりの「パテントトロール」(石橋秀樹著)という小説も世に出ている。アルデスタ電気というカーナビ製造会社を舞台として、特許マフィアの暗躍を克明に描いた作品だ。

 作者の石橋氏はオリンパス、アクセンチュア、アルプス電気などを渡り歩き、数々の特許紛争を経験してきた歴戦のつわものらしい。それだけに作品に描かれている特許マフィアの手口には緊迫感が漂う。

 力作である。

 

 知的財産業務に携わる者にとって、特許を題材とした小説やドラマの露出が増えることは嬉しい限りだ。今後も注目していきたい。

 

 ところで「太陽の罠」「下町ロケット」「パテントトロール」の三作品、ともに特許権侵害をモチーフにしている。
 こうした創作作品では、特許権侵害という専門性が高い事象をいかに読む者、観る者にわかりやすく伝えるかが重要だ。特許権侵害とはどういうことなのか、どうすれば特許権侵害になるのか――これを上手く伝えることができればできるほどストーリー展開に緊迫感が生まれ、作品に深みが増すからである。
 しかも小説やドラマである以上、無味乾燥な説明としてではなく、読者や視聴者が自然に理解できるような仕組みを用意しなければならない。
 実に難しい。

 単なる説明としてでさえ、特許権侵害の何たるかを伝えることは容易くないのだから……。

 

 特許権侵害とは何かを人に伝えることがどうして難しいのかを考えてみた。
 新しい発明をしたら特許を取ることができる。すると特許権が発生し、他人がその発明を使えば特許権侵害になる。ここまではよく知られていることだろう。
 ところが――特許で保護される発明をどうやって特定するのかということになると、意外に知られていないように思う。

 特許権侵害とは何かを人に伝えることが難しい理由、どうやらこの辺りにあるのかもしれない。
 そこで今回は、特許で保護される発明をどうやって特定するのかについてお話し、どうなると特許権侵害になるのかについて解説しよう。
 特許業界の方には釈迦に説法になってしまうだろうが、特許に馴染みがない方が読んでもわかるように心がけたい。