第2話 特許の読み解き方 -ドラマを題材にして-

 特許権を得ようと思うなら、特許出願をしなければならない。

 そのためには「特許してください」とお上、この場合は特許庁長官に願い出る「願書」という書類を提出し、そこに発明内容を記した書類を添付する。添付書類は大別すると二種類。

 一つは「明細書」だ。図面や要約書とともに、特許を取ろうとする発明を説明する、いわば発明説明書の役割を果たす。
 もう一つは「特許請求の範囲」である。自分が欲する特許権の権利範囲を決める、いわば権利書の役割を果たす。

 

 どうしてこの二種類なのかというと、特許のシステムは、新しい発明を世の中に教えた代償として、その発明領域に他人が土足で入り込めないようにする、つまり特許品の製造、販売、輸出入などを他人に許さないようにする制度だからである。

 そう、新しい発明の開示の代償として特許権を付与する――いわば開示代償こそが特許制度の本質なのだ。

「明細書」は世の中に発明の内容を教えるための書類。

「特許請求の範囲」は特許権を付与する発明の範囲を決めるための書類となる。

 

 土地の場合は境界杭で「オレの土地」「ワタシの土地」を隣の土地から区別し、所有権の範囲を明確にする。これと同じで、特許の場合は特許請求の範囲によって特許権の範囲を明確にするのである。
 だから――特許で保護される発明をどうやって特定するのかと問われれば、特許請求の範囲で特定すると答えるのが正解だ。

 

 ――特許で保護される発明は特許請求の範囲で特定する。

 それはその通り。
 だがそう言ったところで、特許に馴染みのない方には、まるでイメージが沸かないことだろう。

 そこで習うより慣れろの方式で、特許請求の範囲の作り方を開陳する。
 発明は実は小説やドラマと似ていることに目を付け、少し変わったやり方を紹介しよう。冒頭に述べた太陽の罠をモチーフとして、特許請求の範囲を作ってみようという試みだ。

 

(手順1)
 小説やドラマでは、様々なキャラクターと役割を持たされた登場人物たちが互いに関係し合い、様々な舞台設定の中で様々なエピソードに彩られながら様々なドラマ(山場)を展開していく。簡単に言うと登場人物たちがストーリーを展開していくわけだ。
 そこで太陽の罠に登場する代表的な登場人物を抽出してみる。

 表1を参照されたい。

 

《表1》

登場人物 キャラクター・役割 関係性
長谷川

(キ)女性に初心で気弱な青年

(役)メイオウ電気開発部で太陽光パネルを開発する技術者

 

(キ)美しく健気な感じの女性

(役)長谷川の前に現れる

・長谷川より年上

・長谷川と付き合い、結婚

ゼスター・リサーチ

(キ)利益追求のためなら冷酷

(役)米国のパテントマフィア

・メイオウ電気が社運を賭けた太陽光パネルに対して特許権侵害を追及
澤田

(キ)影がある

(役)謎の男

・ゼスター・リサーチを手玉に取り、裏で自分の筋書きを描く

村岡

(キ)下に傍若無人で上に媚びへつらう世渡り上手

(役)メイオウ電気開発部の部長

 

(キ)責任感があり部下から信頼

(役)メイオウ電気開発部の中間管理職

・村岡の部下

・村岡から酷い仕打ちを受けている

 

 なお「ドラマ」という用語は、いわゆる物語としての一般的なドラマの意味の他に、山場の意味も含んでいる。本稿では山場として使う場合は「ドラマ(山場)」と表記し、一般的な意味のドラマと区別する。

 

(手順2)
 手順1で抽出した登場人物のキャラクター・役割と関係性を一文にまとめる。

 表2を参照のこと。

 

《表2》

登場人物 キャラクター・役割、関係性
長谷川

メイオウ電気開発部で太陽光パネルを開発する技術者で、女性に初心で気弱な青年 

長谷川の前に現れた年上の美しく健気な感じの女性で、長谷川と付き合い結婚する

ゼスター・リサーチ

利益追求のためなら冷酷で、メイオウ電気が社運を賭けた太陽光パネルに対して特許権侵害を追及する米国の特許マフィア

澤田

ゼスター・リサーチを手玉に取って裏で筋書きを描く謎の男

村岡

メイオウ電気開発部の部長で、下に傍若無人で上に媚びへつらう世渡り上手

責任感があり部下から信頼を寄せられているメイオウ電気開発部の中間管理職で、村岡から酷い仕打ちを受けている

(手順3)
 手順2のまとめに基づいて特許請求の範囲を作成する。
 こんな感じになるだろう。

 

≪太陽の罠を定義する特許請求の範囲の一例≫
 メイオウ電気開発部で太陽光パネルを開発する技術者で、女性に初心で気弱な青年の長谷川と、
 長谷川の前に現れた年上の美しく健気な感じの女性で、長谷川と付き合い結婚する葵と、
 利益追求のためなら冷酷で、メイオウ電気が社運をかけた太陽光パネルに対して特許権侵害を追及する米国の特許マフィアのゼスター・リサーチと、
 ゼスター・リサーチを手玉にとって裏で筋書きを描く、影がある謎の男の澤田と、
 メイオウ電気開発部の部長で、下に傍若無人で上に媚へつらう世渡り上手な村岡と、
 責任感があり部下から信頼を寄せられているメイオウ電気開発部の中間管理職で、村岡から酷い仕打ちを受けている濱と、
 が登場し、
 様々な舞台設定の中で様々なエピソードに彩られながら様々なドラマ(山場)を展開する、

ことを特徴とする太陽の罠。


 これで太陽の罠を定義する特許請求の範囲ができあがった。
 登場人物の紹介部分を読んだだけで、「これは面白そうだ!」という感じがひしひしと伝わってくるではないか。


 もちろん小説やドラマでは、「様々な舞台設定の中で様々なエピソードに彩られながら様々なドラマ(山場)を展開する」部分の内容が肝になる。
 だからその内容を述べなければ、太陽の罠を説明したことにはならない。
 エピソードが紹介され、ドラマ(山場)が展開することによって登場人物のキャラクターや役割、関係性が変わっていき、これによって緊迫感や感動を呼び起こすのが小説やドラマだからである。


 例えば太陽の罠の場合であれば、長谷川が上司に楯突くというドラマ(山場)があり、彼は開発部から知的財産部へと飛ばされてしまう。長谷川の役割が変わるのだ。
 中間管理職だった濱は部長の村岡を殺害する(未遂に終わるが……)というドラマ(山場)を演じることで、村岡の後釜として部長になる。濱の役割も変わる。
 ドラマが中盤に差し掛かると、葵と澤田は結婚を誓い合った仲だったというエピソードが紹介され、葵と長谷川の関係性が変わり始める。
 極めつけは葵が長谷川のパソコンからMシステムと呼ばれるメイオウ電気の太陽光パネル技術を盗み出すドラマ(山場)である。これをきっかけとして葵と長谷川の関係性がガラリと変わり、長谷川のキャラクターが気弱な青年から逞しい男へと変貌を遂げる。
 それでも変わりそうで変わらないのは葵の健気な感じというキャラクターだ。それが最後は大きな感動を呼ぶことになるのだが……。


 そう――。
 小説やドラマでは、時間が流れなければ話が進まない。話が進行してドラマ(山場)が繰り広げられるためには、時間の流れが不可欠なのだ。
 その一方で、登場人物を説明する分には、必ずしも時間の流れを考慮する必要はない。静止した時間のある瞬間をとらえるだけで、登場人物の人となりを説明し尽くすことができるわけだ。
 このことは、発明の種類(カテゴリー)と絶妙な対比をみせる。
 つまり発明には、

  ● 物の発明
  ● 方法の発明
  ● 物を生産する方法の発明

という三種類のカテゴリーがある(特許法第2条第3項)。
 このうち「物の発明」は時間の流れを不可欠の要素としない。
 だから太陽の罠を定義する特許請求の範囲で喩えるならば、登場人物を紹介する部分のみで定義し尽くすことが可能である。
 これに対して「方法の発明(方法の発明、物を生産する方法の発明)」は時間の流れを不可欠の要素とし、時間の流れの中で生ずる変化によって特徴づけられる。
 太陽の罠を定義する特許請求の範囲で喩えるならば、「様々な舞台設定の中で様々なエピソードに彩られながら様々なドラマ(山場)を展開する」部分に相当する内容が特徴となるのだ。この意味では小説やドラマに近い。


 以上、発明のカテゴリーに応じた特許請求の範囲の仕組みについて説明した。
 小説やドラマとの類似性に驚かれたのではないだろうか。
 と言うことは――小説に感動し、ドラマに涙する諸兄諸姉ならば、特許請求の範囲を簡単に読み解くことができるはずである。発明は小説やドラマほど複雑ではないのだから……。


 ここまで読んで、勘がよい方なら気がついたかもしれない。
 そうなのだ。
 手順3→2→1と遡れば、つまり一見難解そうに見える特許請求の範囲ではあっても、これを表2に示すように分解し、さらに表1に示すように分析すれば、実は簡単に読み解くことができるのである。
 料理を作るところをビデオ撮影しておき、反対回しに時間を遡って見るようなものだ。こうすれば、どうやって調理したのか想像もつかないような料理であっても、比較的簡単にその一皿を再現することができることだろう。