――小説やドラマを特許請求の範囲風に記述したり、それを読み解いたりする方法はわかった。でも実際の発明を定義する特許請求の範囲はどんな風になっているのだろうか?
次はこの話をしよう。
まず「登場人物」「キャラクター・役割」「関係性」を発明ではどのように呼んでいるのかを表3に示す。
《表3》
小説、ドラマ | 発 明 | |
登場人物 |
構成要素 |
|
キャラクター・役割 |
属性(形状、構造、作用、機能など) |
|
関係性 |
関係性 |
小説やドラマにおいて登場人物をそのストーリーの中で唯一無二のものとするのが「キャラクター・役割」であるとするなら、発明の構成要素に備わっている性質を特定するのが「属性」である。属性は形状や構造で表現したり、作用、機能で表現したりすることができる。
例えば椅子の発明ならば、人が座るための座部を不可欠の構成要素として備えているはずだ。
その特定の仕方として、
a.人の臀部を載せる座部
b.人の臀部を載せた状態に維持する座部
c.人の臀部を載せることができる領域を有している座部
などの表現が可能だろう。
a.の「載せる」というのは「載せることができる形状、構造」とも、「載せる機能を備える」とも解釈することができる。あるいは「載せるための」という目的なのかもしれないし、「載せることができる」という効果なのかもしれない。
b.の「載せた状態に維持する」というのは、ある状態に維持するわけなので形状や構造ではなく、作用、機能だ。
そこにいくとc.は「載せることができる領域を有している」と述べているのだから、形状か構造に違いあるまい。
以上例示したa.~c.のいずれであっても、「座部」という構成要素の属性を定義していることは間違いない。
ここで具体的な発明を提示しよう。
椅子の発明である。健康増進に効く椅子だ。
仙骨を暖めることが健康増進につながるという知見に基づいて、仙骨が当たる部分に発熱機能を有する保温部を設けている。しかも楽な姿勢のまま仙骨が発熱部分に確実に押し付けられるようにするために、例えば座面を後ろ下がりの傾斜に傾けたりして、座面の先端側よりも後端側の方を低くする工夫も施している。
最初に断っておくが、この発明はあくまで例題であって、これで特許を取れるというわけではない。
さて、この発明を定義してみよう。先に説明した手順1~3の順で説明する。
(手順1)
構成要素(登場人物)を抽出し、構成要素の属性(キャラクター・役割)と構成要素間の関係性を考える。
椅子の発明の場合、「座部」「脚部」「保温部」が構成要素になりそうだ。
それからもう一つ。「座面の先端側よりも後端側の方を低くする工夫」これをどうするかだ。一つの考え方は「座部」の属性として定義するやり方。もう一つの考え方は独立した構成要素として定義するやり方だ。ここでは構成要素として定義するやり方を紹介する。
《表4》
構成要素 | 属性(形状、構造、作用…) | 関係性 |
座部 |
・人の臀部を乗せる座面を有する |
|
脚部 |
・床面に設置される ・上方に延びる部分が座部と連結する |
・座部と連結することで、座面を予め決められた高さに位置づける |
保温部 |
・発熱する発熱体を有する ・発熱体を決められた位置に配置する |
・発熱体の配置位置は、座部に腰かけた人の仙骨が当たる位置 |
手段 |
・座面の領域間で高さを変える |
・座面の先端側よりも発熱体が配置される側を低く位置づける |
(手順2)
手順1で抽出した構成要素(登場人物)の属性(キャラクター・役割)と関係性を一文にまとめる。表5を参照のこと。
《表5》
構成要素 | 属性(形状、構造、作用、機能…)、関係性 | |
座部 |
人の臀部を載せる座面を有する |
|
脚部 |
床面に設置され、上方に延びる部分が座部と連結して座面を予め決められた高さに位置づける |
|
保温部 |
発熱する発熱体を有し、この発熱体を座部に腰かけた人の仙骨が当たる位置に配置する |
|
手段 |
座面の先端側よりも発熱体が配置される側を低く位置づける |
(手順3)
手順2のまとめに基づいて特許請求の範囲を作成する。
こんな感じになるだろう。練習問題なので少しくどい記述にした。
≪椅子を定義する特許請求の範囲の例≫
人の臀部を載せる座面を有する座部と、
床面に設置され、上方に延びる部分が前記座部と連結して前記座面を予め決められた高さに位置づける脚部と、
発熱する発熱体を有し、この発熱体を前記座部に腰かけた人の仙骨が当たる位置に配置する保温部と、
前記座面の先端側よりも前記発熱体が配置される側を低く位置付ける手段と、
を備えることを特徴とする椅子。
「前記」は英語の”the”と同じ意味だ。
例えば「前記座部と連結して」の「前記座部」は、「人の臀部を載せる座面を有する座部」と同じものであることを示している。
少しわかりにくいのが「前記座面の先端側よりも前記発熱体が配置される側を低く位置付ける手段」だろうか?
これは機能によって構成を定義する手法である。これをミーンズ・プラス・ファンクション・クレーム(クレームは特許請求の範囲と同義)と呼ぶ。ミーンズは英語のmeans、つまり手段だ。ファンクションはfunction、機能である。
「前記座面の先端側よりも前記発熱体が配置される側を低く位置付ける」手法としては、例えば座面の一部を抉った形状にすること、座面を後ろ下がりに傾斜させること、座面の前側よりも後ろ側の柔軟性を高めることなどが考えられよう。
特許請求の範囲の記載形式については別の形式もある。例示したのは構成要件抽出型と呼ばれる形式で、構成要件(登場人物)を並べて記述する記載形式である。米国で普及しており、わが国でも一般的だ。
また今回は椅子という物の発明についての定義の仕方を紹介したが、椅子を製造する方法、仙骨の保温方法(単純方法)として発明を把握し、定義していくことも可能である。
特許請求の範囲の様々なバリエーションについては、別の機会に紹介していきたい。