第2話 特許法条約(PLT)との整合に向けた救済規定の整備

1.平成23年改正法

 PLTは2000年6月に採択され、2005年4月に発効された。

 現在わが国は未加盟であるが、PLTに準拠した救済規定の整備を進めている。その一環として、平成23年改正法(平成23年法律第63号)では、

 

◎ 翻訳文提出期間徒過の救済(PLT第12条に対応)

  外国語による出願の翻訳文提出徒過の救済(第36条の2第4項及び第5項、第184条の4第4項及び第5項など)

 

◎ 特許料等追納期間徒過の救済(PLT第12条に対応)

 特許料等追納期間徒過の救済の主観的要件を、「責に帰することができない理由」から「正当な理由」に変更(第112条の2第1項、実案・意匠・商標も同様の規定)

 

を導入した。いずれも救済要件を「正当な理由」とし、時期的要件を「理由がなくなった日から二月以内でその期間の経過後一年以内」としている。


2.平成26年改正法

(1)新たに導入された救済規定

 平成26年改正では、これらに加えて、次の救済規定を置くこととした。

 

◎ 優先権の回復(PLT第13条に対応)

  優先権を主張できる期間を徒過した特許出願であっても、それが「正当な理由」によるものであるときは、一定期間に限り、優先権の主張を可能にする(第41条第1項第1号、第43条の2第1項など)。
 実用新案登録出願についても同様の救済規定を整備。

 

◎ 優先権の主張及びその補正の時期の緩和(PLT第13条に対応)

  出願と同時でなくても、一定期間に限り、優先権を主張する旨の書面を提出できることとし(第41条第4項、第43条第1項など)、その補正も一定期間可能とする(第17条の4)。
 実用新案登録出願についても同様の救済規定を整備。

 

◎ 出願審査の請求期間の徒過の救済(PLT第12条に対応)

  出願審査の請求期限を徒過した場合であっても、それが「正当な理由」によるものであるときは、「理由がなくなった日から二月以内でその期間の経過後一年以内」に限り、出願審査の請求を可能にする(第48条の3第5項~第7項)。 

 

(2)正当な理由

 PLT対応の救済規定では、救済要件を「正当な理由」としている。
 PLT第12条は、権利の回復要件として、「相当な注意(Due Care)を払っていたかどうか」「故意でない(unintentional)かどうか」という基準を規定している。「故意でない(unintentional)」の基準は、「相当な注意(Due Care)」の基準よりも緩い。わが国の救済要件である「正当な理由」は「相当な注意(Due care)」に相当するので、「故意でない(unintentional)」の基準よりは厳しいことになる。
 もっともPLTは、「Due Care(「相当な注意」)」についても「unintentional(「故意でない」)」についても、そのなんたるかを定義していない。したがってその内容は締約国が決めることになる。

 

 そこで正当な理由に関しては、「期間徒過後の手続に関する救済規定に係るガイドライン 平成24年3月 特許庁」が発行されている。このガイドラインは、「正当な理由」について解説するばかりでなく、救済を求めるための手続などを詳しく解説している。

 それによると、救済手続きは、救済手続期間内に該当の手続をするとともに、手続をすることができなかった理由を記載した回復理由書を提出することによって行なう。
 回復理由書には、所定の期間内に手続をすることができなかった理由が「正当な理由」に該当すべき理由として、

 

(ア)期間徒過の原因となった事象

  • 事象が発生した及び止んだ日
  • 事象の内容
  • 事象に関係する者 

(イ)当該事象の発生前に講じた措置

  • 措置を講ずべき者(全員)
  • 上記の者(全員)が講じた措置の内容及び講じた時期

(ウ)当該事象の発生後に講じた措置

  • 措置を講ずべき者(全員)
  • 上記の者(全員)が講じた措置の内容及び講じた時期

 

の事項、及び「手続をすることができなかった理由がなくなった日」とその根拠を記載し、証拠書類を添付する。
 救済可否の決定に際して、特許庁長官は、期間内に手続をすることができなかった理由が「正当な理由」であるか否かについて判断する。この際、「まずは期間徒過の原因となった事象の観点から、次に出願人等が手続をするために講じた措置の観点及び措置を講じた者の観点を含めて、回復理由書の記載に基づいて判断」することになっている。

 

 ところでこのガイドラインでは、期間徒過の原因となった事象として、次のような事象を想定している。 

 

  • 突発的な入院による代理人の不在
  • 計画的な入院による代理人の不在
  • 出願人等が法人の場合における事故等による手続担当者の不在
  • 出願人等が法人の場合における定年退職による手続担当者の不在
  • 地震による社屋の倒壊
  • 新社屋建設のための旧社屋の取り壊し
  • 雷による停電のためのオンライン手続不能
  • 計画停電のためのオンライン手続不能
  • システム不具合による誤った時期の告知
  • システムへのデータの入力ミスによる誤った時期の告知 

 

 そして上記(ア)(イ)(ウ)の観点から、これらの各事象が正当な理由に該当するか否かを、場合分けをしながら解説している。
 詳細はガイドラインを参照されたい。

 

(3)新しい法定通常実施権の創設

 注意を要するのは、出願審査の請求期間の徒過の救済が規定されたことに伴い、新しい法定通常実施権が創設されたことである(第48条の3第8項)。


 出願審査の請求は特許出願の日から三年以内に行わなければならず(第48条の3第1項)、その間に請求がなければ、出願は取り下げられたものとみなされる(第48条の3第4項)。
 ところが今回の措置によって、特許出願から三年の期間が経過した後、最大一年後に審査請求が行われる可能性がある。すると取り下げられたものと考えてその出願に係る発明を実施した善意の第三者はどうなるだろうか?
 突如復活した出願に途惑うだけならまだしも、その出願が将来特許になった暁には、補償金請求権を請求されてしまうおそれがあり、はなはだ不公平な立場に置かれることになるだろう(第65条)。
 そこでこのような善意の実施者に対して、改正法は法定通常実施権を付与することにしたのである(第48条の3第8項)。

 

 この場合、法定通常実施権を発生させるのは、「その特許出願が第4項(前項において準用する場合を含む。)の規定により取り下げられたとみなされた旨が掲載された特許公報の発行後その特許出願について第5項の規定による出願審査の請求があった旨が掲載された特許公報の発行前」の実施に対してである。

 ここでは

「取り下げられたとみなされた旨が掲載された特許公報」

「出願審査の請求があった旨が掲載された特許公報」

という二種類の特許公報が登場する。

 前者は「拒絶査定、出願放棄・取下・却下リスト(特許)」と呼ばれる特許公報である。第193条第2項第1号の規定に基づき発行される。
 後者は「出願審査請求リスト」と呼ばれる特許庁公報である。今回の改正で導入された第193条第2項第4号の規定に基づき発行される。
 いずれも紙媒体でのみ発行されるため、特許庁に赴き閲覧することになる。発行頻度は月一度程度である。


 もっともある特許出願がみなし取り下げになったことは、IPDLでも確認が可能である。経過情報検索で対象出願を検索し、「出願情報」の「審査記録」を確認する。「未審査請求包袋抽出表作成」と記載されていれば、その出願は審査請求未請求で取り下げ擬制されていることになるわけである。

 

(了) 

平成27年2月