1.新たに導入される特許異議申立制度の特徴
一度は無効審判制度に吸収統合させた特許異議申立制度を復活させるのであるから、統合当時の問題や弊害を除去するものでなければならない。その対策が、平成26年改正で創設される特許異議申立制度(以下、「新・特許異議申立制度」と呼ぶ)の特徴をなすに違いない。
この点について説明会テキストは、新・特許異議申立制度について、次の三つの特徴を挙げている。
① 申立書の要旨変更が可能な期間を短縮
平成15年改正以前の旧・特許異議申立制度では、申立可能期間(特許掲載公報の発行日から6月以内)であれば、申立書の要旨を変更する補正が可能であった。
これに対して新・特許異議申立制度でも、「特許異議の申立ての理由及び必要な証拠の表示(第115条第1項第3号)」については、申立書の要旨を変更する補正が認められている(第17条第1項)。
ただし今回の改正では、特許掲載公報の発行日から6月以内という期限の他に、もう一つ時期的制限を設けている。取り消し理由通知(第125条の5第1項)があった時である。つまり要旨を変更する補正をすることができる時期を二種類の期限のうちいずれか早い時までとし、審査の効率化を図ったのである(第115条第2項)。
もっともこの改正は、上記「1.制度創設の経緯」で上げた(イ)~(ヘ)のうち、どの問題ないし弊害を解決するのか明らかではない。
② 全件書面審理
特許異議の申立てについての審理は、書面審理による(第118条第1項)。
平成15年改正では、特許異議申立制度が無効審判制度に吸収統合されて一本化されたため、審理は口頭審理を原則とすることになった(第145条)。旧・特許異議申立制度よりも当事者性が高まったわけである。ところがこれが制度利用上の足枷になっているのではないかと考えられる。
また旧・特許異議申立制度は、書面審理を原則としながらも、当事者の申立て又は職権により口頭審理にすることもできた(平成6年特許法第117条第1項)。
これに対して、新・特許異議申立制度は全件書面審理により行うことにしたので、申立てのハードルが下がり、制度利用の促進が期待される。
ところでこの改正が上記「1.制度創設の経緯」で上げた(イ)~(ヘ)のうちのどの問題ないし弊害を解決するのかということだが、どうやらこれらの問題や弊害を解決するものではなさそうである。
③ 異議申立人への意見書提出機会の付与
取消決定をしようとする場合、相当の期間が指定されて特許権者に意見書を提出する機会が与えられ(第120条の5第1項)、その期間内であれば特許請求の範囲などの訂正請求が許される(同条第2項)。
平成15年改正前の旧・特許異議申立制度でも、ここまでは同じだ。
だが旧制度では訂正請求があった場合、特許異議申立人に関与の機会を与えることなく、そのまま申し立ての決定をしていた(平成6年特許法第120条の4~5)。このため特許異議申立人の不満が大きかったとされている(説明会テキストの第7頁右下欄参照)。
そこで新・特許異議申立制度では、訂正請求があった場合、特許異議申立人に意見書を提出する機会を与えることにした(第120条の5第5項)。
これによって制度の利便性が向上し、上記「1.制度創設の経緯」で上げた(イ)の問題の解決が図られることだろう。
2.新たに導入される特許異議申立制度の意義
以上の三点が、旧・特許異議申立制度に対する新・特許異議申立制度の相違点である。
ところが上記「1.制度創設の経緯」で挙げた(イ)~(ヘ)を顧みたとき、はたして新・特許異議申立制度がこれらの問題ないし弊害に何らかの解決策を提供するのだろうかと考えてみると、疑問に思わざるを得ない。僅かに上記③のみが(イ)の問題を解決するに過ぎないからである。
もっとも(ハ)(ホ)(ヘ)については、そもそも平成15年改正に際して問題視されたこと事態が疑問であるし、(ロ)については既に解決策が講じられているのではないだろうか?
つまり(ハ)は、特許異議申立制度が行政処分の見直しという面よりも、紛争解決の目的で利用されているのが現状であると主張する。
しかしながら特許異議申立制度において、制度を利用するユーザーの利用の仕方がそもそも問題になるのだろうか?
申立人が特許という行政処分(特許査定、特許権の設定の登録)の見直しを求めるのは、将来的に惹起しかねない紛争の種を事前に摘むためであり、何も世のため人のためを慮ってのことではない。こうした私益的な動機付けでなされた特許異議の申立てによって瑕疵ある特許を排除し、審査の適正化を図るという公益的な効果をいわば反射的効果として発生させることこそ、特許異議申立制度の妙味であるといえよう。
特許異議申立制度はそもそも、私益を公益に転換する巧みな仕掛けをその本質としているものと考えられるのである。
つぎに(ホ)は、特許異議の申立てと無効審判の請求とが同時に係属した場合、それぞれ別個に行われる訂正請求によって審理に困難性が生ずると主張する。
しかしながらこの問題は、手続の中止によって解決できるのではないだろうか?
審判において必要があると認めるときは、特許異議の申立てについての決定が確定するまでその手続を中止することができ(第168条第1項)、また特許異議において必要があると認めるときは、審判の審決が確定するまでその手続を中止することができるのである(第120条の8第1項が準用する第168条第1項、平成6年特許法第120条の6第1項が準用する第168条第1項)。
特許異議の申立てと無効審判の請求とが同時に係属した場合、いずれか一方を中止し、その間にもう一方の手続を進行させれば、訂正請求が別個に行われるという問題を解決することができるように思われる。
つぎに(ヘ)は、一つの特許に対して二以上の同じ異議申立てが重複してなされることがあり、特許権者にも異議申立人にも負担を強いることが問題であると主張する。
しかしながら「同一の特許権に係る二以上の特許異議の申立てについては、その審理は、特別の事情がある場合を除き、併合するものとする(旧特許法第120条の2第1項)」わけであるから、二以上の同じ特許異議の申立てが重複してなされれば、一本化されることになっていたはずである。これによって少なくとも特許権者の負担は減少していたはずなのだ。
さらに(ロ)は、追加的な主張立証が不可能であるため、証拠収集の点で審理の充実を図れないことを問題にしている。
ところがこの問題は、平成15年の特許法改正を契機に導入された特許付与後の情報提供制度(特許法施行規則第13条の3)によって、大方解決されたのではないだろうか?
平成26年改正法関係の省令(案)は、平成26年12月24日付けでパブリックコメントが求められ、現在その告示を待っている状態である(平成27年2月初旬現在)。この省令(案)は特許付与後の情報提供制度をそのまま残しているので(特許法施行規則第13条の3)、そのまま告示されれば同制度は残存することになる。
したがって特許付与後の情報提供制度を利用すれば、特許異議申立書について要旨変更となる補正が制限された後でも(第115条第2項)、実質的に追加的な主張立証が可能になることだろう。
となると(ニ)の問題、つまり異議申立ての結果に不満があると無効審判が請求され、紛争の解決が長期化するという問題が残る。
ところが上記①~③はこの問題を解決するものではないし、新・特許異議申立制度の何処にも、この問題を解決するための工夫は込められていない。
詰まるところ、特許異議申立制度の復活を望む社会的要請と、上記(イ)~(ヘ)、とりわけ(ニ)の問題とを天秤に掛けてみれば、自ずと答えは出てくるということなのかもしれない。
確かに実務上も、説明会テキスト第4頁下欄のグラフを見るまでもなく、平成15年改正前は特許異議申立制度が頻繁に利用されていたことは明らかである。少ない年でも3,000件以上、多い年は6,000件を越える特許異議の申立てがあったのだから、200~300件程度の請求件数で推移している無効審判制度とは比較にならないほど数多くの申立てがあったわけだ。
しかも平成15年改正に際して論じられていた問題点を再確認してみても、上記(ニ)の点を除いて、然したる問題も見当たらないように思われる。
そうであれば、特許異議申立制度の復活は、歓迎すべき出来事であると結論付けることができるのではないだろうか。八十年以上も続いてきたという歴史は、看過すべきでなかったわけである。