第6話 申立ての審理(審理構造)

1.審理構造

(1)書面審理

 特許異議の申立ての審理は、書面審理による(第118条)。
 この点は旧・特許異議申立制度と異なる点である。旧・特許異議申立制度は、書面審理を原則としながらも、当事者の申立て又は職権により、口頭審理によるものとすることができたのである(平成6年特許法第117条第1項)。
 新制度では、全件書面審理によるものとし、審理の迅速化を図るだけでなく、申立てをする際のハードルを下げているものと言えよう。

(2)共有者又は参加人を原因とする中断又は中止

 特許権の共有者の一人に中断又は中止原因があるときは、共有者全員にその効力を生ずる(第118条第2項)。
 参加人に中断又は中止原因があるときは、被参加人についても、その効力を生ずる(第119条第2項で準用する第148条第5項)。

(3)参加制度

 利害関係人には、参加が認められている(第119条)。
 参加が認められる主体は、「特許権についての権利を有する者その他特許権に関し利害関係を有する者」である(第119条第1項)。登録した専用実施権者や質権者などが該当する。
 参加が認められる時期は、「特許異議の申立てについての決定があるまで」である(第119条第1項)。
 注意を要するのは、「特許権者を補助するための」補助参加だけであり(第119条第1項)、申立人の側に参加する制度は用意されていないということである。当事者参加も同様に用意はない。
 参加人は一切の申立て手続をすることができ(第119条第2項で準用する第148条第4項)、前述したとおり、参加人の中断又は中止原因は被参加人にも効力を生ずる(同条第5項)。決定の効力が参加人にも及ぶからである。
 参加を申請するには参加申請書を審判長に提出する(119条第2項で準用する第149条第1項)。審判長は当事者及び(既に参加している)参加人に意見を述べる機会を与える(同条第2項)。参加の可否は文書をもって審判官が審判により決定をする(同条第3項及び第4項)。
 参加可否の決定に対しては不服を申し立てることができないが(119条第2項で準用する第149条第5項)、参加申請を拒否された者は、取消決定に対する訴えを提起することができる(第178条第2項)。この場合の裁判管轄は、東京高等裁判所(知的財産高等裁判所)となる(同条第1項)。

(4)証拠調べ及び証拠保全

 特許異議の申立てに関しては、当事者若しくは参加人の申立てにより又は職権で、証拠調べをすることができる(第120条で準用する第150条第1項)。
 特許異議の申立ての前後を問わず、証拠保全をすることもできる(第120条で準用する第150条第2項)。証拠保全は、特許異議の申立ての前は利害関係人の申立てにより、特許異議の申立てに係属中は当事者若しくは参加人の申立てにより又は職権ですることができる。
 地理的な要因や緊急を要する場合などを考慮し、証拠調べ又は証拠保全は、「当該事務を取り扱うべき地の地方裁判所又は簡易裁判所に嘱託することができる」ものとしている(第120条で準用する第150条第6項)。
 その他第120条は、調書(第147条)や民事訴訟法の規定を準用する審判の規定(第151条)を準用している。
 証拠調べ及び証拠保全は強力なツールとなり得るので、必要に応じてその活用を検討すべきである。

(5)職権進行主義

 審判長は、当事者又は参加人が法定若しくは指定の期間内に手続をしないときであっても、特許異議の申立て手続を進行することができる(第120条の8で準用する第152条)。

(6)職権探知主義

 特許異議の申立ての審理では、特許権者、特許異議申立人又は参加人が申し立てない理由についても審理することができる(第120条の2第1項)。
 特許異議の申立ては、特許庁での審査の見直しを図り、その適正化を期するための制度だからである。
 したがって審判官は、特許権者や申立人などの主張に拘束されることなく自由に証拠を調べ、申し立てられていない理由についても自由に審理をすることができるのである。
 ただし、特許異議の申立てがされていない請求項については、職権で審理をすることはできない(第120条の2第2項)。
 この辺りに、特許異議申立制度に内在する当事者性という性格が現れている。
 思うに、特許異議申立制度というのは、一度完了した審査をもう一度蒸し返して再審査する制度なのではなく、あくまでも将来の紛争の種を未然に摘み取ることを意図する制度なのではないだろうか?
 つまり設定登録されている膨大な数の特許群を前にして、草の根を分けても最後の一つまで瑕疵ある特許を根絶やしにすることを予定しているわけではなく、将来紛争の種になるかもしれない特許を事前に刈り取る――これこそが特許異議申立制度が本来予定している審査の適正化であるように思われる。

(7)申立ての併合又は分離

 同一の特許権に係る二以上の特許異議の申立てについては、その審理は、併合するものとする(第120条の3第1項)。
 原則として併合である。
 これによって特許権者の負担が軽減されるし、審理の迅速化も図られる。
 もっとも「特別な事情」、例えば併合することによってむしろ審理を複雑化させ、その進行を遅滞させるような場合には、併合は行われない。
 一旦併合した審理は、その後分離することもできる(第120条の3第2項)。
 なお特許異議の申立てと無効審判とを併合させる制度はない。両者が並存した場合の問題については、次の「(h)手続の中止」を参照されたい。

(8)手続の中止

・審査において必要があると認めるときは、特許異議の申立てについての決定若しくは審決が確定し、又は訴訟手続が完結するまでその手続を中止することができる(第54条第1項)。
・特許異議の申立てにおいて必要があると認めるときは、審判の審決若しくは他の特許異議の申立てについての決定が確定し、又は訴訟手続が完結するまでその手続を中止することができる(第120条の8第1項で準用する第168条第1項)。
・審判において必要があると認めるときは、特許異議の申立てについての決定若しくは他の審判の審決が確定し、又は訴訟手続が完結するまでその手続を中止することができる(第168条第1項)。
 以上、「審査」「特許異議の申立て」「審判」において中止が必要な場合の規定が整備された。
 注意を要するのは、第168条第2項の規定である。
 訴えの提起又は仮差押命令若しくは仮処分命令の申立てがあった場合、裁判所が審決確定まで訴訟手続を中止できる旨は従前通り規定されているものの、特許異議の申立ての決定が確定するまで訴訟手続を中止する旨は規定されていないのだ。
 ところで平成15年改正に際して、特許異議の申立てと無効審判とが同時に係属した場合、訂正請求によって審理に困難性が生ずるという問題が指摘されていたことは前述した通りである(上記「平成15年改正法」の(ホ)を参照)。これに対して、この問題は、いずれか一方の手続を、もう一方の手続の決着がつくまで中止すれば解消されるはずである(第168条第1項、第120条の8第1項が準用する第168条第1項)。